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直子・ナンシー・多田さん。
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1970年代、まだ、女性が大学を出て男性のように就職するには大きな障害があった頃、大学英文科を卒業し商社に勤務。
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やっと日本が、幼児英語教育に目覚めだしたという頃、ナンシーさんも、その世界に。
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英語学校の事務の仕事から、英会話が出来ることで得た、家庭で出来るコアライブラリーの仕事へ。そこでは初代チューターのポジションを。
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その当時は、始まったばかりのコアライブラリーで、参考になるものがなかった為、教材は全部自分で考え作り出したと言う。
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「使える英語じゃなきゃ、英語じゃない」って。
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とにかく、子供の英語の絵本を丸暗記して、子供達に体を使って、劇をしながら、教えていった。
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そこで、成果が現れ出し、良い事例ができて、小冊子に載るようになって、本格的に講師へとなっていった。
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ご主人のお仕事が、商社マンということで、世界中を飛び回り、ブラジル三菱商事株式会社・社長夫人にまでなる。
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「いつも自分のやりたいことが充分出来ずに、また転勤・・・。でも、その制約された中で、自分の出来る精一杯のことを、いつもやってきたのよ。」
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「ブラジルでは、私自身が本当に変えられ、人生の転機となったの。まったく変わったのよ。
今まで、自分で頑張って頑張って肩肘張っていたものが取れて、NOと言える自分になったの。
人に振り回されず、自分に正直になれたら、こんなになっちゃって~(笑)」
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ナンシーさん、終始、本当に輝いていました。 けらけら笑って、あっかる~い人なんです。
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人生観が変わって、2年半前にブラジルから帰国してからは、
「自分の賜物も与えられたもの。もう一度、子供達のために、還元しよう!」
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2007年4月 現在の “Smiling Nancy’s” を自宅ではじめる。
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今年は、ザ・ヤング・アメリカンズ(ミュージカルや芸能界への登竜門)ジャパンツアーの 一地区のサポーターを務め、通訳をし、アメリカからの子供達と日本の子供達をジョイントする大きな働きをこなした。
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また、利益の為だけでなく、一人一人の生徒や家族を思い、みんなのよき相談役であると言う。
電話とカウンセリングにも追われる日々。彼女の家には、いつも人が集まってくるそうです。
「問題を抱えている人、心に穴が空いている人、が日本には多いわね」
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とってもありのままが素敵な女性。
多くのところを通って勝ち得たその輝きは、自分らしく生きることと、感謝すること、自分の出来る精一杯をすること、なのでしょう。
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心から、益々のご活躍を期待しています!!
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実はこのインタビュー、弘子・パトリシアさん(右)も一緒でした。
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ジョイ×3 !! やっちゃいました~~! 3人おんなじ・・(笑)